毎月2日発売月刊『Player』のウェブサイト。最新号情報はもとより、誌面でできない音楽、楽器情報を発信していきます。

HATANO(HAWAIIAN6)×茂木洋晃(G-FREAK FACTORY)対談 Part.2

1月27日発売のPlayer2022年1〜3月合併号にHATANO(HAWAIIAN6)茂木洋晃(G-FREAK FACTORY)による対談が掲載されている。その経緯や思いは誌面に委ねるが、掲載できない未公開部分ながら是非に伝えたい対談をこのウェブサイトにて展開することにした。なお本誌では昨年12月に群馬県・高崎芸術劇場で2日間に渡り開催されたG-FREAK FACTORY 主催・山人音楽祭(以下、山人)で撮影された写真も掲載しているので是非、本誌も併せてお読みいただきたい。

「結局、人間力の部分だったりマンパワーには勝てないよね」

 まずは本誌掲載部分とリンクするお話として、バンドとSNSの付き合い方といったお話から続けていきますね。
HATANO:世の中的にバンド以外のことでも何でもそうだと思うんだけどさ、全部の人に愛されようとしている人が多すぎない? 何かをやろうとしてもさ、全ての人が敵にならないように、ってやることが多すぎてそれが俺、気持ち悪くてさ。元々、俺たちがやってたことなんて誰も評価してくれなかったんだから(笑)、だけど1年続けて評価してくれる人が20人ぐらいに増えて、それを繰り返して増えていったわけじゃない。今になってちょっと名前が知られるようになってきて人目に晒されるような場所に出てくるようになった時に、全てに愛されようとしている空気が多すぎないかなぁって思うんだよね。俺、ハードコアの連中が周りにいっぱいいるじゃない、やっぱり皆、猛毒なんだけど一切ブレないんだよね、自分たちの生き方っていうのがさ。でも、元来バンドってこうだったよな、って(笑)。バンドだけじゃなくてスポーツマンとか芸能人もそうだし、全ての人に否定されないようにしよう、っていう活動が多すぎないかな?って思うんだよ。
茂木:テクノロジーもそうだし、メディアもあるよね。
HATANO:ま、SNSが邪魔なだけだよな(一同笑)。
茂木:まぁ、邪魔だよな。だけど、そのSNSに救われることもある。
HATANO:そう、フライヤーを撒いてた大事さも知ってるけど、(SNSやインターネットの登場で)それがなくなったというありがたさもあるわけじゃない。
茂木:特に俺なんか地方でやってるとさ、時間的・土地的不利がこの中(=ネット環境)ではフラットになるから。
HATANO:うん。今までだったら遠い街にも山のようなフライヤーを送ってたわけじゃん。それが今、ポチって(携帯のボタンを)押せばどの街の人たちにも情報が行くわけだから。ありがたいものだなぁって思うんだけど、不便なものの美学とさ、便利なものの薄っぺらさっていうのは紙一重だよね。だから薄っぺらくなった分手放しやすくもなっちゃったし、不便だった分一度繋がったら意地でもこの繋がりは自分は守っていきたいって思ってたし。
茂木:俺、またカウンターで返ってくると思うけどね。アナログの贅沢さと言うか、ライブをやってるのもそれが理由だからさ。
HATANO:結局、人間力の部分だったりマンパワーには勝てないよね。
茂木:絶対そうだし、そうであっていたい。
HATANO:ライブとかも不思議なもんで、圧倒的な人ってライブに出てきた瞬間に良いライブ、って思うじゃん。
茂木:うん、それは人間力だね。
HATANO:だからSNSがこの先、どんだけ磨かれようがそう思う。
茂木:俺はちょっと使い分けが出来てきたなって思ってるんだけど、やっぱ大事なことは対面でやるべき。だけど、早く広く軽く、だったらオンラインでって。
 実はこの対談も当初、オンラインでやるつもりで考えていました。でも、“いや、対面でやろうぜ。温度感が全然出ないから”って。そのお陰で本当に良き話が飛び出しすぎて、誌面掲載のボリュームを上回ってるんですけども(笑)。
茂木:ネットに振り回されるんじゃなくて、使い方っていうところをバンドマンとかも考えてやっていかないとね。
HATANO:デジタルじゃなく生物(なまもの)って、やっぱり濁ってないから良いぜって俺は思うし勿論デジタルが全て濁ってるとは言わないけど、ただ、ライブに関してギャーギャー言う人なんてのは絶対、ライブに来てない人とか現場にいないヤツだから。
 そう思います!!
HATANO:そこに引きずり込まれちゃうよりかは、生々しい方が俺は純粋だと思うけどね、っていうことを言いたい(一同拍手)。この話、SNSに上げたら500いいねぐらい付く(一同笑)?
  うーん…どうでしょう…(一同笑)。
茂木:でも携帯が本来なかったものなんだから、なかった時に何をしてたか。そこに真実があると思ってるよ、俺は。
HATANO:SNSに依存してる人は完全にパニックになるんだろうね。俺なんかTwitterにしても会社の人間に設定してもらったし。だから、これ(=携帯)がなくても余裕だよ、っていつでも言えてたいよね。
茂木:バンドってさ、どんなに上質な音楽をやっててもその“人”が見えなかったら俺は全然興味がないの。はっちゃんがやってることだったら何だって興味があるわけよ、それってもう既にHATANOの人間力な訳じゃん。そういう人しか俺は仲間にはならないから。スッゲー興味ある人・バンドと、その数十倍のどうでもいい人がいる(笑)。
HATANO:そこが大事じゃなかったらバンドマンは皆、ボーカロイドで良いわけじゃん。でも、そこにもう叶わない時代がもう来てんのかな(一同笑)?
  ヴァーチャルな存在が東京ドームを満員にしている時代ですもんね。
HATANO:そんな時代だとしてもさ、俺、ありがたいことに周りに良い人がいっぱいいて。コロナ問題が起きて数ヶ月経って、一番(自分が)キツい時に鉄槌の(田中)昭司さんから“元気にやってるか?”ってメールが来て。“頭おかしくなりそうですね”って返したらさ、“お前、この程度のことでオタついてんじゃねぇだろうな?”ってまた返ってきて。“人生の中でこの程度のことで頭がおかしくなるような、そんな人間にお前はなるんじゃねーぞ!”って返ってきて。“この程度”って先輩に言われた時に、もっとピッとしなきゃなぁって思った。先輩たち、強ぇーな!って思ったし同世代のハードコア連中もそうだし皆、考え方のベクトルは色んな方向に向いてても根本にあるものが一緒なの。それを見た時に、この人たちと音楽をやってて俺は幸せだ、まだまだだ、って(笑)。もっちゃんにしても、お互いのやり方って違って、今のジーフリークがやろうとしていることは結構オーバーグラウンドだけど、俺たちはそこまで大っきいところっていう方向では考えてなくて、ライブハウスでいかにやるかっていう。でも、思ってることは一緒なんだよね。だから、もっちゃんたちが進んでいく道が自分たちとは違っていても、それは見える形が違うだけでやってる中身は一緒なんだよね。そういう仲間だから、何をやってるのを見ても面白いんだよね。山人にしてもさ、こんな似合わない場所に(HAWAIIAN6を)よく呼んでくれたなと思って(一同笑)。
茂木:いや、不思議なことに似合ってたよ(笑)。

※対談本編は2022年1月27日発売のPlayer2020年1〜3月合併号に掲載!

  大きなホールでしたね。
HATANO:
二度とないだろうなと思いながらやったけどね。二度とないと思う、って笑って言える面白さだよね。そういう場所を用意してくれたわけじゃない、それが俺たちは有難いし。山人だって今までやったことがない、2デイズで1日目が群馬のバンドだけが出るなんて、やったことないでしょ?そうやって挑戦をし続けてるんだよ、制限があって無茶苦茶やりづらい中で、でも“挑戦”が必ず入ってる。それが良いんだよ。あの1日目の出演者のメンバーに至るストーリーがあるんだよね。
茂木:
そうだね。1日目の方が2日目より大変だった。
HATANO:
その大変さを伝える必要はないし、キャパが大きくなっていくことだけが挑戦なんて誰も思ってないんだよね、バンドマンって。挑戦が入っているということが大事で、キャパが大っきくなろうが小さかろうがいいんだよ。自分たちでハードルを用意して、そのハードルを超えられますか?って。そういうのがなきゃ面白くないじゃん。
茂木:
うん、だから毎年痩せていくよ(笑)。マジで。
HATANO:
バンドマンって、挑戦してるバンドのことが匂いで分かるからさ、2021年の山人はちゃんと挑戦してるなって思う。分かんない人からすれば“毎年開催してたのは大きいグリーンドームだったのに、今回はコロナでしょうがないよね”ってなっちゃうのかもだけど、そうじゃない。あのキャパでやった最大の挑戦があるんだよ。美しかったよ、あれは。
茂木:
毎年のルーティンでトントントンと進めていたのが今回は今までマインドとポテンシャルとは全然違ったからね。あと、あの行程になったけど、ハワイアンにもNGもらわなかったし(笑)。
HATANO:
物理的に間に合うんだったらやりたいライブは全部やるからね。
ということで苦手な飛行機に乗って移動もされて(一同笑)。
HATANO:
飛行機ね…っていうのはあったけど(笑)、行われなかったイベントっていうのもいっぱいあるわけじゃん。出たい、って思うイベントが存在してる上にオファーをくれたら、出ない理由なんて1個もないよね。それに身体が間に合うんだったらどうだってするよね、寝ないで行きゃ間に合うって言うんだったら寝ないで行きゃ良いし。

「地元の人は“よく来てくれた!”ってね、手厚くしてくれるんだよ」

  そもそも茂木さんが山人の日程を間違えて伝えてしまったともMCで話してましたね?
茂木:そうそう(一同笑)!
HATANO:山人の1回目から出てるバンドって俺らしかいないし。毎年出てるから出たい、じゃないんだよね。単純にもう見逃したくないの、1回目の苦しいところから始まってさ、イベントってキャパがデカくなったりしていくじゃん。人間って成功した姿しか見てないじゃん、でもね、(振り返って)一番面白かった時ってダメだった時なんだよね。それを俺らは一緒に見させてもらってるから、だったらこの物語がどう変化していくのかっていうのを1回も見逃したくないんだよ。だって、大好きな漫画が1巻だけ抜けてたら嫌じゃん(一同笑)。
茂木:でも、日付を1週間、間違えて伝えてしまうっていう(笑)。
HATANO:たまたま前の日が九州のライブだったけど、まぁちょっと距離あるな!ぐらいだったね(笑)。その九州のライブがさ、BittsHALL(大分)ってところだったんだけどそこに出てた仲間が長く一緒にバンドをやって来たバンドたちで、皆、美しいわけ。俺らは(次の日に)山人があるからトップで出させてもらったんだけど、リハやってる時に後輩のドラマー達が来て “HATANOさん、機材はこれ使ってください”って皆が、これ使ってこれ使って、って(笑)。その上いつも俺が使ってるセッティングまでしてくれて“チューニングもやっときます!”とかで。悪ぃ、(ライブが)終わってすぐ移動するわ、って言ってて終わったらタクシーを乗りつけてもらってたんだけど、乗ったと思ったら俺らの後に本番の出演者が全員が出てきて、“行ってらっしゃ〜い!群馬まで気をつけて〜!”って見送られて(笑)。
  素敵!!!
HATANO:こんな移動行程ある?っていう無茶苦茶なツアーを週末にやるけど、それを俺たちは酒のつまみ話にして笑っちゃうような打ち上げをやるわけじゃない。それを繰り返して来たから、皆そういうことを面白いと思うんだよね。だからバンドって美しいって言うかさ。
  ジーフリークもツアーバンドですしそういった経験もありますよね。
茂木:あるある、ホテル滞在10分とかね。何のためにホテル取ったんだろう(笑)って。でも地元の人は“よく来てくれた!”ってね、手厚くしてくれるんだよ。
HATANO:帰る時には別れを惜しんでくれて、心からの“ありがとうございました〜!”って言ってくれたりね。だから、あの時はこうだったね、ってまたいつか行って酒を飲みながら話す。それが俺たちの贅沢っていうか面白さって言うかさ。前に北海道のPOWER STOCK(イベント)の打ち上げをやっててさ、そのまま次の日の朝8時半になって“そろそろ行かないと間に合わないんで”って言ったらKOさん(SLANG)が “もう帰るの?”って(笑)。その日、結局ホテルにチェックインしてないからね(一同笑)。居酒屋から新千歳空港に直行だったけど、それぐらい楽しかったってことじゃん。寝てるのが勿体無くて、眠かろうが皆とワイワイやってる方が楽しくて。それが自分たちのご褒美だよね、寝るのが勿体ないぐらい楽しい時間があるって。40(歳)を超えてもこんなに楽しいことがあるんだ、刺激があるんだ、って。一体いくつまで刺激があるんだろう(一同笑)、でもそれも、自分たち次第なんだよね。
茂木:うん。本当、そうだろうね。

【対談後記】
1月27日をもって20年間のライブハウス運営に幕を下ろした新木場STUDIO COAST。その2日前、フェスやイベントとしては最後になる公演がHAWAIIAN6が主催しこの場所で続けてきた『ECHOES』。昨秋ハワイアンがライブを行った際に“最後にもう一度ここでECHOESをやってほしい”とコースト側から話があったそうだ。この場所・このスタッフだからこそ続けて来られたイベントだったと語るHATANO。それを楽しみにしているファンが多いのは出演アーティストを未公表ながら開催発表と同時にチケットが即完したことが裏付けていよう。“俺たちなりのヒーローを集めたお祭り” は、他の音楽フェスとは全く比べられないラインナップであり、ステージがいくつあろうとも(コロナ禍前は同会場の内外を惜しみなく使い4ステージ存在した)どのバンドも必ず少しずつでも見ることが出来るタイムテーブルを組んでいたのも特徴的だった。この日も勿論、2ステージが用意された会場内で出演の全10アーティストが見られる形を取っていた。
“いい夢を見させてもらって、ありがとう” HATANOの言葉が沁みる。いい夢を見させてもらっているのはこちら側も同じだ。自分たちが良いと思ったことを貫き、貫いたことを信じて行動に移す姿を今回の対談で言葉にしてもらった。その姿を形にしている1つがECHOESだろう、新木場コーストという“ハコ”とも共に歩みながら。ジーフリークに関して言えば同じく、山人音楽祭であり群馬という彼らの地元であり。
対談の最後に “一体いくつまで刺激があるのか、それは自分たち次第” と締めくくっているが、まさにその通りだ。今回の対談の両バンドはきっとこの先も刺激的な人生を送っていくに違いないし、自分自身も希求していきたいと強く思わされている。末筆に、ECHOESは場所を新たに今後も続ける予定であるとのことだ。

Interview & Text by CHIE TAKAHASHI

 

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